提案書作成時の留意点 

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●はじめに●
 このコメントは、自己の発明を特許出願するための提案書を書こうとする発明者の皆さんを対象に、より有効な権利の取得を目的として作成したものです。 今までの実務経験の中で比較的多く見受けられた6つのポイントについてまと めてあります。



●出願時は、実施例の方も大切である!●
 特許というと、すぐ権利範囲ということでクレームのことばかり気にする方が多いようですが、実はそうではありません。

 特許制度というのは、「発明開示の代償として特許権を付与する」という建前をとります。つまり、「あなたは立派な発明をしたから、特許権を与えましょう。」ということではないのです。秘密の状態にある新規,有用な発明を公に開示したときに、その代償として開示した発明を一定期間独占できる特許権が付与されるということです。 すなわち、特許出願の主も重要な意義は、何よりも「発明を開示する手続である」ということなのです。ではどうやって発明を開示するのかというと、明細書及び図面という書面を用いて、一定の方式に従って行います。また、明細書の中では特に「発明の詳細な説明」における実施例の説明の部分が該当することになります。

 「発明開示の代償として特許権が付与される」以上、出願時にはまず発明の技術的内容を十分に開示しなければなりません。 クレームはどうかといいますと、「出願当初の開示範囲内であれば、出願後でも補正することができる」ことになっております。つまり、出願時においては発明の開示、特に実施例の開示を十分に行っておけば、クレームはその範囲内で補正できるということです。例えば、装置の発明を方法の発明にしたり、あるいは材料の発明にしてもよいのです。 これに対し、発明の開示が不充分なときは特許権は付与されません。更に、出願してしまった後に開示範囲を広げることは、先願主義に反することになるため、これもできません。出願後に実施例を追加するというようなことはできないわけです。従って、出願時点ではクレームよりも実施例の方に気を使ったほうがよいわけです。

 しかし、最近の法律改正で非常に補正が厳しくなり、クレームも含めて完成度の高い出願書類が要求されるようになりました。また、一度出願をしてしまうと、なかなか見直しをする機会はないのが実状です。従って、いくら後で補正できるといっても、できる限り整備したクレームで出願することが必要です。



●公開公報よりも特許掲載公報の書き方を参考にした方がよい!●
 提案書を作成するときに、他の発明者の提案書や類似出願の特許公報などを参考にすることが多いと思います。しかし、できれば審査官の審査を経た特許掲載公報(公告公報)の書き方,表現などを参考にされることをお勧めします。

 特許出願から1年半経過しますと、どのようなものが既に出願されたかを一般に知らせるために特許公報がでます。これが公開公報です。従って、公開公報の内容はまだ審査されておらず、審査により記載不備で拒絶されるようなものも含まれています。

 これに対し、審査官が審査の結果特許査定したものを一般に知らせための特許公報が特許掲載公報(改正前は公告公報)です。つまり合格点のついた出願なわけです。従って、参考資料としては、特許掲載公報が一番よいということになります。

 特に、技術分野によっては、発明の内容にもよりますが、その分野特有の明細書記載事項があります。たとえば、コンピュータ関係の分野ではソフトについてはフローチャートが一般的に必要ですし、材料関係の分野では少なくとも一つの製造方法を示す必要があります。しかし、このような特許に関する専門的な注意事項を知らなくても、該当する技術分野の特許掲載公報の記述項目や書き方,表現などを参考にして提案書を作成することで、結果的にそれらの条件を満たすことができるのです。



●従来技術には、公知になっているもので出願しようとする発明に最も近似する最新のものをもってくる!●
 従来技術として、自己の発明をアピールするのに都合のよいものをもってくる人がいますが、これは決して好ましいことではありません。出願された発明が特許されるためには、法律で定められた特許要件を満たす必要があります。代表的な特許要件としては、
(1)新規性;従来にない新規なものであること,
(2)進歩性;従来技術から自明でないこと,つまり、当業者が出願時の公知技術から容易に考えられるものでないこと,
(3)産業上の利用性;産業上利用できる有用性を有すること,があります。
 このような新規性、進歩性などの特許要件は、出願時を基準として判断されます。

 従来技術は、「本願発明は、このような特許要件を満足していますよ。ですから特許して下さい。」という主張の一環として明細書に記載するわけです。従って、仮に何らかの方法で出願時点の技術水準を知ることができたとすれば、それを従来技術とすべきですが、実際には調べることは不可能です。そこで、知り得る限り最新のもので、最も本願発明に近いものを従来技術としてもってくることになります。 よく、自己の未公開の先願や社内資料を従来技術とする場合があるようですが、外国ではそれを従来技術とした以上、たとえ未公開であってもそれから進歩性などが判断されますので注意が必要です。また、従来技術として何年も前のものをもってくる人がいますが、却って自己の発明に対する自信のなさを印象付けることになってしまいます。



●自分が権利を取ることばかり考えがちであるが、他社の出願や権利にも注意を払うべきである!●
 「提案書を書く」ということは、すなわち「特許出願をする」ということですから、「権利を取る」ということにほかなりません。しかし、自分の会社が特許出願をして特許を取得するように、他の会社も特許出願をして特許を取得しているわけです。ですから、自分が出願しようとする技術が、既に他社によって出願されている、あるいは権利化されているということだってあり得ます。

 このようなことを防ぐには結局のところ、他社関連技術の事前調査を行うしかありません。このような事前調査を行うメリットとしては、
(1)他社の出願、権利化状況を把握して他社特許の侵害を防ぐ,
(2)自己の出願,特にクレームの適正化を図り、権利化率を向上させ、無駄な出願を防ぐ,
(3)研究、開発活動の無駄を防ぐとともに、逆にヒントを得る,などです。 逆にデメリットとしては、
(1)相当の費用や、検討のための時間がかかる,
(2)他社の出願動向に振り回される,
などです。 しかし、全体として考えますと、はるかにメリットの方が大きいわけです。ですから可能な限り、他社出願の動向については事前調査を行うべきです。



●権利を広く取ろうとすれば特許になりにくくなり、逆に権利化を優先すれば権利範囲は狭くなる!●
 例えば、構成要素a,b,cを特徴とする発明があるとします。ここで、構成要素a,b,cには各々a,b,cという顕著な技術的効果があるとします。

 まず、クレームを
「aを備えたことを特徴とする○○装置」…………………………………@
としますと、その技術的効果としてはaのみが主張できます。このとき、仮にa,b,cを備えた実施例を開示したとしても、効果b,cを本発明の効果として主張することはできません。それは、このクレームでは、要素b,cはあってもなくてもよいわけですから、それらがない場合を考えれば効果b,cは奏し得ないわけです。すなわち、クレームの発明が必ず備えるべき構成要素によって奏し得る技術的効果のみが、本願発明の技術的効果として主張できるわけです。この例ではaが必須の構成要素ですから、aのみが本願発明の効果となるわけです。

 同様にして、クレームを
「a及びbを備えたことを特徴とする○○装置」…………………………A
とした場合には、a及びbがその技術的効果として主張できます。

 更に、クレームを
「a,b,及びcを備えたことを特徴とする○○装置」…………………B
とした場合には、a,b,及びcがその技術的効果として主張できます。

 次に、以上の3つの場合についてクレームの範囲を比較してみますと、最初の@の例ではaさえ備えていればよいわけです。bやcは、備えていてもいなくてもよいのです。次にAの例では、a及びbを備えていなければならず、いずれか一方が欠けた場合には権利範囲には含まれません。 両者を比較しますと、@の場合はbがあってもなくてもよいのに対し、Aの場合はbが必ずなければいけませんから、クレームの範囲(=権利範囲)としては@の方がAよりも広いということになります。同様にして、Bの場合は必ずcが必要ですから、cがあってもなくてもよいAよりもクレームの範囲は狭くなります。つまり、クレームの範囲の広さは、@>A>Bのようになります。

 次に、特許になりやすいのはどれか考えてみますと、主張できる技術的効果があればあるほど特許になりやすい、つまり権利化の可能性は高いということです。前記例では、Bの場合がa,b,cと3つの効果が主張でき、Aの場合はa,bのみですから、AよりはBの方が特許になりやすいということです。同様にして、Aの場合はa,bの効果があるのに対し、@の場合はaのみですから、@よりAの方が特許になりやすいということです。つまり、権利化の程度は、@<A<Bのようになります。

 以上の関係から明らかなように、@は、クレームの範囲は広いが特許にはなりにくいことになります。逆にBは、クレームの範囲は狭いが特許にはなりやすいわけです。つまり、クレームの範囲の広さと特許になりやすいかどうかは、反比例ないし逆比例の関係になるわけです。

 つまり、欲張って権利を広くとろうとすれば特許になりにくくなり、逆に遠慮して権利化を優先すれば権利範囲は狭くなってしまうということです。この関係こそが特許制度のエッセンスなのです。クレームを(特に補正時において)どのようにするかは、結局主張したい技術的効果との関係で相対的に決まります。拒絶になるリスクを覚悟してクレームを広くしてみるか、あるいはクレームを狭くして安全確実に権利化を図るか難しい選択ですが、この点が特許という仕事の最もおもしろい部分でもあるのです。


●特許をとるためには、実施例の完成度を高めるか、質的に異なる複数の実施例を開示することが大切である!●
よく、クレームに合わせて実施例を考える人がいます。たぶん何について特許をとりたいかが最初に考えつくのでしょう。しかし、クレームに合わせて実施例を考えると、拒絶理由通知があって当初のクレームでは権利化が困難となったときには、結局補正ができないために出願自体がオシャカになってしまいます。

ところが実施例をベースにして、その中から必要な部分をクレームに上げるようにした場合には、当初のクレームで権利化が困難となっても実施例までオシャカになるとは限りません。では、どういうふうにしたら拒絶に強い出願とすることができるかというと、1つは実施例の完成度を高めることです。

具体的にいいますと、「細かい点にも気を配って実施例を考える」ということです。例えば、浴槽に水道のコックをつけることによって、浴槽内のお湯を簡単に使うことができるという発明を考えたとします(実願昭46−93557)。このとき、そのまますぐ出願しないで実施例の中身を少し考えてみるのです。コックをひねってお湯を使うと、浴槽内のお湯はどんどん減っていきます。

 すると、いわゆる空だきの状態となり、場合によっては火災の発生,ガス事故の発生につながることになります。では、このような不都合を防ぐためにはどうしたらよいかというと、コックをたき口よりも上にもってくればよいわけです。 実施例をそのような形にしておくと、例えば「コックをつけた程度では進歩性がない」という拒絶理由通知がきても、「コックをたき口より上部に設ける」点をクレームに入れることで、拒絶から逃げられる可能性がでてくるわけです。

 コックをたき口より上方に設けたものを実施例とした場合には、「コックをつけた」というクレームと「コックをたき口以上につけた」という2つのクレームが可能なわけです。コックをたき口以上に設けたクレームの権利範囲は狭くなりますが、事故防止という効果も主張できるようになりますので権利化の可能性は高くなるわけです。また、それらのクレームの両方を最初から特許請求の範囲に記載することもできます。このときは、一方は拒絶されても他方が残れば出願としては特許されます。

 更に、実施例の完成度を高めることの他に、複数の実施例を開示することも有益です。ただし、複数の実施例といっても、単なる形状や数量の相違のみでは全く意味がありません。質的に異なることが重要です。先程の例では、「コックを付けた」実施例と、「コックをたき口以上に設けた」実施例の2つがあると考えることができます。

 特に最近では、我が国でも法律の改正によって複数の実施例を記載して多数項のクレームを主張する欧米諸国並みの出願が可能となっております。実施例とクレームをいろいろな角度から検討して出願することが重要です。